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東京高等裁判所 平成10年(ネ)5599号 判決 1999年12月21日

控訴人

吉田一枝

控訴人

岩田いそ子

右両名訴訟代理人弁護士

金井厚二

被控訴人

松田晃一

右訴訟代理人弁護士

新井博

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の控訴人らに対する請求を棄却する。

三  被控訴人が当審で追加した請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する請求(当審で追加した請求を含め)を棄却する。

二  被控訴人

1  控訴棄却

2  控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して金二七九九万四七四三円及び内金二五四九万四七四三円に対する平成七年一一月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。(当審で予備的に追加した請求)

第二  事案の概要

一  本件は、平成四年一二月二一日に死亡した松田誠一(誠一)の子でその唯一の相続人である被控訴人が、誠一の姉と妹である控訴人らは、誠一名義の預金を誠一の死後勝手に引き出しこれを横領したと主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、控訴人らに対し、損害賠償金二七九九万四七四三円(弁護士費用二五〇万円を含む。)及びその遅延損害金の支払を求めた事案である。原判決は、被控訴人の請求を認容したので、これに対して控訴人らが不服を申し立てたものである。

被控訴人は、当審において、予備的に誠一と控訴人ら又はその母である松田サワノ(サワノ)との間に誠一の預金の管理に関する委任契約があったとしても、これを解除すると主張して、委任契約の終了に基づき、控訴人らに対し、誠一の財産であった金銭及びその遅延損害金の支払を求めた。

二  当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の第二要件事実欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人らの当審における主張)

1 原判決は、誠一名義の預金を誠一の単独所有であると認定したが、これは事実を誤認したものである。

誠一がその父親(サワノの夫、控訴人らの父親でもある。)から単独相続した土地を平成三年三月に三五五七万四〇〇〇円で売却したとき、誠一、サワノ、控訴人ら間で、その代金を預け入れた預金は、内部的には右四人の共同所有・共同使用とすることを合意したものである。

2 原判決は、誠一からサワノ及び控訴人らへの贈与を認めなかったが、これは事実を誤認したものである。

誠一は、平成三年三月から平成四年一二月一二日(死亡)までの間に、サワノ及び控訴人らに右預金を贈与したものである。

3 誠一は、平成三年三月に、サワノ及び控訴人らに対し、誠一名義の預金を管理し、これを誠一及びサワノの生活と松田家の家産・祭祀の維持のために使用することを委任した。この委任契約は、誠一の死後にも生き続けるサワノの生活と松田家の家産や祭祀を維持するための契約であり、誠一の死後の事務処理も委任したものである。したがって、サワノ及び控訴人らが誠一名義の預金を同人の死後に引き出したとしても、それだけでは不法行為となるものではない。

そして、サワノ及び控訴人らは、受任者として、誠一名義の預金を次のように委任の趣旨に従って使用した。

(一) 平成四年一二月下旬 誠一の葬儀費用 一一三万円

(二) 誠一の法事の費用

二〇万円

(三) 平成四年一二月下旬 誠一の付添費用 九〇万円

平成四年四月二七日から三か月間、誠一が入院していたときに控訴人らが付き添った費用を、一日当たり一万円で換算して受け取った。

(四) 平成五年一月下旬 養老年金加入保険料 合計一一二三万円

サワノ加入分 六六九万円

控訴人吉田一枝加入分 三二四万円

控訴人岩田いそ子加入分一三〇万円

(五) 平成四年一二月から平成七年五月二四日(死亡)までのサワノの生活費の一部 二〇〇万円

サワノの収入は、一か月当たり国民年金約三万円、農業年金約九三〇〇円であったため、一か月約六万六六六六円を生活費に充てた。

(六) 平成四年一二月から平成七年五月二四日(死亡)までのサワノの入・通院治療費 合計一二五万円

ア 昭和六三年二月から平成五年一二月まで榛名荘病院に毎月一回通院した治療費一回当たり八〇〇円合計五万五八〇〇円

イ 平成六年二月から平成七年五月二四日まで慈光会病院に入・通院した治療費合計七一万一五六〇円、入院中の雑費一日当たり一〇〇〇円として合計二〇万円

ウ 平成六年三月から平成七年五月二四日まで中津川針灸院に通院した治療費合計一〇万円

エ 平成五年一二月から平成七年五月二四日までの間の紙おむつ代六万円、老人訪問看護料・デイサービス料一〇万円

(七) 平成七年五月二四日 サワノの葬儀費用 二〇九万円

(八) サワノの法事の費用

二〇万円

(九) 平成七年九月一九日 誠一の仏壇購入費用 一七万円

(一〇) 平成四年一二月から平成七年一一月までの松田家の建物の火災保険料・修理費用等 合計二〇万円

(一一) 右以外の日常の生活費等

一六三万円

4 本件預金の払戻しは、平成四年一二月二一日と平成六年五月一九日に行われており、各払戻日から三年が経過した。

控訴人らは、不法行為による損害賠償請求に対し、消滅時効を援用する。

(被控訴人の当審における主張)

1 被控訴人が控訴人らによる誠一名義の預金の払戻しを知ったのは、平成七年九月に税務署の相続税調査があり、税務署から預金の存在を指摘された後である。右の起算日から本訴提起までに三年は経過しておらず、消滅時効は完成していない。

2 誠一と控訴人ら又はサワノとの間に、誠一の預金を管理し、誠一及びサワノの生活のために使用するとの委任契約があったとしても、被控訴人は、平成一一年九月六日に控訴人らに送達された準備書面で委任契約を解除した。

被控訴人は、予備的に、委任契約の終了に基づき、誠一の財産であった金銭の返還を請求する。

第三  当裁判所の判断

一  当裁判所は、被控訴人の請求は、当審で追加された請求を含め、いずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  主位的請求について

(一) 事実の経過

証拠(甲一ないし三、乙一ないし九、一二、八〇の一・二、八四ないし一二五、一三一ないし一六五、原審における控訴人各本人)によれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 控訴人吉田一枝(控訴人吉田)は昭和二一年生まれ、誠一は昭和二二年生まれ、控訴人岩田いそ子(控訴人岩田)は昭和二五年生まれの三人兄弟であった。

昭和四四年一月に、サワノの夫であり、誠一及び控訴人らの父親である松田梅司が死亡したとき、サワノ、誠一及び控訴人らは、誠一が松田家を継ぎ、梅司の母親であるいくやサワノの老後の面倒をみるとの前提で、梅司が所有していた農地七筆(合計面積六反九畝一〇歩)ほかの財産すべて誠一が単独で相続することを合意した。

(2) しかし、誠一は、昭和五一年に精神病を患い、昭和五二年二月からは入退院を繰り返すこととなった。昭和四九年に婚姻していた誠一の妻のかつ江は、誠一が最初の入院をするころ、当時二歳になるかならないかの被控訴人を連れて実家に帰り、昭和五五年一二月に、誠一、かつ江間の離婚調停が成立した。

このため、昭和五二年から、誠一の看護は主にサワノが行い、すでに結婚していた控訴人らもその看護を手伝ったり、松田家の農地の農作業を行ったりした。

なお、梅司の母親(誠一らの祖母)であるいくは、昭和五七年一二月に死亡した。

(3) 平成三年三月に、誠一やサワノの今後の生活費、療養費や松田家の家産・祭祀の維持費等に充てるため、誠一、サワノ及び控訴人らは、協議のうえ、誠一名義の農地のうち一筆を三五五七万四〇〇〇円で売却した。これは、隣接地を購入した会社が誠一名義の農地の売買も持ちかけてきたため、それに応じたものであった。

売買代金のうち仲介手数料を支払った後の三四〇〇万円は、いったん定期預金にされた後、平成四年三月に、一部は税金を支払うため誠一名義の普通預金に預け入れられ、二八〇〇万円は誠一名義の新たな定期預金とされた。

また、平成三年五月一九日には、別途、従前からの定期預金を書き換えることによって、誠一名義の二四一万九六五六円の定期預金が作られた。

誠一は、自らは管理ができないため、これらの定期預金の預金通帳と印鑑をサワノに預け、サワノ及び控訴人らの判断で、誠一・サワノの生活費や療養費及び松田家の家産・祭祀の維持費として使用するよう委任した。

(4) 平成四年一二月二一日に誠一が死亡し、控訴人吉田は、サワノから依頼されて二八〇〇万円の定期預金を解約し、利息を含め、二八五七万七三六八円の払戻しを受けた。控訴人吉田は、以後、これを手許に保管した。

また、平成六年五月一九日には、控訴人吉田は、二四一万九六五六円の定期預金を解約し、利息を含め、二八一万一一二四円の払戻しを受けた。控訴人吉田は、以後、これも手許に保管した。(なお、被控訴人が、平成五年三月二九日に控訴人らが払戻しを受けたと主張する一〇万円は、甲二によれば、同日、利息を含め、誠一名義の普通預金に入金されたことが認められるから、控訴人らが払戻しを受けたものとは認められない。)

(5) 平成五年一二月ころ、控訴人吉田は、サワノを自宅に引き取り、平成七年五月に死亡するまでその面倒をみた。

(6) 控訴人吉田が保管していた(4)の金員について、サワノが元気なうちはその使途を決め、控訴人吉田に指示して、控訴人らの当審における主張3(一)ないし(五)、(一〇)、(一一)のとおり費消し、サワノが弱った後及びその死後は、控訴人らが協議のうえ、右主張3(五)ないし(一一)のとおり費消した。

(7) 控訴人らは、被控訴人に対し、平成七年一一月一七日に、右費消後の残金一〇三七万五〇〇〇円のすべてを返還し、残る保管金はない。

(二) 死後の事務を含めた委任契約

右に認定したとおり、平成三年三月当時の誠一の定期預金の大部分は、誠一が松田家を継ぎ、母親であるサワノの老後の面倒をみることを前提として父親から単独で相続した農地を売却して得た金銭を預け入れたものであった。ところが、右前提にもかかわらず、誠一は、病気により、それまでの約一四年間、サワノに面倒をみてもらう状態にあり、誠一及びサワノは、公的年金以外に収入の途がなかった。そして、サワノの老後の生活や松田家の家産及び祭祀の維持は、誠一の死後もサワノ本人又は控訴人らにおいて続ける必要があったものである。

以上の事実によれば、誠一は、平成三年三月三日に、サワノ及び控訴人らに対し、誠一名義の預金を管理し、これを誠一及びサワノの生活費や療養費、さらには松田家の家産や祭祀の維持のために使用すること、また、その委任事務は誠一の死後も引き続いてサワノ及び控訴人らにおいて処理することを委任したと認めるのが相当である。原審における控訴人吉田本人が、「母の金」、「母のために使う金」と繰り返し供述するところも、右の趣旨に理解することができる。

(三) 共同所有又は贈与の主張の当否について

控訴人らは、誠一が父親から単独相続した土地を売却した代金を預け入れた預金は、内部的には、誠一、サワノ、控訴人らの共同所有・共同使用とすることを合意した、そうでないとしても、誠一はサワノ又は控訴人らに右預金を贈与したと主張する。

しかし、もともと誠一に農地などを単独相続させたのは、誠一が松田家を継ぎ、サワノの老後の生活をみるとの前提であり、誠一が控訴人らの老後の生活をみることまでを目的とするものではなかった。また、平成三年三月の時点では、誠一(当時四三歳)の入院生活はいつまでと区切られたものではなく、サワノ(当時七〇歳)も年をとっていたものの一人暮らしをしている状態にあった。一方、控訴人らは、結婚して安定した生活を送っており、控訴人らの生活費を他から調達する必要はなかった。

したがって、誠一名義の預金は、基本的には誠一とサワノの生活及び松田家の家産や祭祀の維持のために使用されることを予定されている財産であり、誠一、サワノ、控訴人ら四人の共同所有・共同使用とすることを合意したとは認められない。また、当時の状況では、誠一はサワノのために預金が使用されることを容認していたが、誠一のために金銭が必要となる状態は残っていたのであるから、誠一がサワノ又は控訴人らに対し確定的に預金を贈与したとみることはできない。

(四)  不法行為の主張の当否について

右のとおり、控訴人らの当審における主張1及び2は、採用することができないが、3の、誠一がサワノ及び控訴人らに対し、死後の事務処理を含めてこれを委任するものとして預金の管理をまかせたとの主張は理由がある。

そうすると、控訴人らが誠一名義の預金を払い戻したとしても、そのこと自体は何ら不法行為を構成するものではない。

また、払戻金のうちサワノの指示で費消されたものについて控訴人らに不法行為責任を問うことはできないし、控訴人らが費消した金員は、サワノの生活費・療養費又は松田家の家産・祭祀の維持のために使われたものと認められ、不法行為の事実は認められない。

したがって、被控訴人の不法行為による損害賠償の請求(主位的請求)は理由がない。

2  予備的請求について

1(一)  (6)で認定したとおり、サワノ及び控訴人らは、誠一名義の定期預金から払戻しを受けた金員のうち二一〇一万三四九二円を、控訴人らの当審における主張3のとおり費消したものである。

原審における控訴人吉田本人及び弁論の全趣旨によれば、右金員のうちサワノが元気なうちに費消された金員(控訴人らの当審における主張3の(一)ないし(四)の全部と(五)、(一〇)、(一一)の一部)は、サワノの指示によって使用されたものと認めることができる。また、サワノの生活費・療養費とサワノの死亡後に支出されたサワノの葬儀費用及び法事の費用並びに誠一の仏壇購入費用等がサワノのために、又は松田家の家産・祭祀の維持のために使用されたことは、その使途から明らかである。

したがって、サワノ及び控訴人らは、二一〇一万三四九二円を誠一からの委任の趣旨に従って使用したと認めることができる。

そして、前記認定のとおり、保管金の残金はすべて返還されたのであるから、被控訴人が委任契約を解除した時点では、控訴人らには、被控訴人に返還すべき金銭は残っていないことになる。

そうすると、被控訴人が当審で追加した委任契約に基づく請求(予備的請求)も理由がない。

二  したがって、被控訴人の不法行為による損害賠償の請求を認容した原判決は失当であって、控訴人らの本件控訴は理由がある。また、被控訴人の当審で追加された委任契約に基づく予備的請求は棄却すべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官淺生重機 裁判官菊池洋一 裁判官江口とし子)

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